森田療法体験記
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森田療法との出会いから

横浜市在住 40代 男性
「症状」が最もひどかったのは、1年半ほど前のことになります。(症状そのものはずっと以前からあったのですが、悪化)フラフラと目が回り、立ち歩くことはおろか、椅子などに座っているのも辛く、限りなく「寝たきり」に近い状態が1ヵ月ほども続いたでしょうか。周りの人々にかける迷惑を思うと、何もできないことそのものが焦燥と不安を増幅させていったのです。ようやく起きていられるようになったものの外出できなくなり、かかりつけのお医者さんにすら通いきれなくなってしまいました。結局家に最も近い先生を紹介していただいたのですが、2kmのなんと遠かったことか。それでもアップアップしながら3ヶ月通いました。その先生が「今までの薬を飲んでいても改善は見込めない」との判断から川又先生のところへ行くように手配してくださったのです。大きな病院3院を含め8回目の転医で、いよいよ未知の森田療法に出会うことになるのです。

紹介状が川又クリニックに送られてからも、不快なめまいとそれに対する恐怖で、なかなか受診できず、2ヶ月以上の間、「どうしようどうしよう」と葛藤の日々が続きました。「このままでは前に進まない!」ようやく覚悟を決めた私は、こちらのクリニックのドアを叩くために家を出ました。あらかじめ予約をしてなどというゆとりは微塵もなく、失礼承知のアポ無しでやっとの思いで飛び込んだ初診の日、予約診療日だったにもかかわらず、先生はじめスタッフの皆様も嫌な顔ひとつみせずに対応してくださったことを思い出します。問診後、先生に「ここに通って来ることそのものが、あなたの治療だと思って頑張りなさい。」と言われました。何の切り札も持たない私は、とにかくこの言葉に従ってみるしかないと(決してオーバーではなく)決死の覚悟を決めました。どん底に沈んでから季節は二つ過ぎて、春本番を迎えようという頃でした。

翌週から森田の集団療法に毎回でることになりました。あらかじめ先生に薦められた森田療法の本を読んでおいたのですが、正直なところ初めのうちは少なからず「違和感」のようなものを感じ、これを続けることに意味を見出せずにいたのです。そこには「症状はあっても注意を向けてはならない」等々、森田療法が理解できない、実践できないということも多分にあったと思います。症状がひどくて集団療法を休み、先生に叱られたこともありました。

「疑ってもいい、でも、やるべきことをしなさい。とにかく行動しなさい。」という先生の言葉は明快でしたので、「森田」というより、とりあえずこちらに従っていただけだったと思います。集団療法の最中に不快な症状が出ていたたまれない気分に負けそうになっても、「感情放置」できりぬけたことも何度かありました。実際、あれほど外出できなかった私が「こうしてここに来ているじゃないか。」心の中で「やるっきゃないべ!」と唱える、決して楽ではない毎日が続きました。(外相を作っているので周りからは苦しんでいてもわかりません)

飲み込みの悪い私も、集団療法を重ねるうちに、患者さんたちの顔と名前も覚え、先輩方の経験談が少しずつ生かせるようになってきたなと自覚できるようになってきました。また森田療法の理解度も少し高まり、自分なりの工夫で「外相作り」を心がけ、気がつくと「できること」が少し増えてきました。3歩進んで2歩さがり、あるいは全く進めなくなったりで、自分自身が何ともはがゆく、イライラすることも度々でしたが、先生に「それが本来の治り方」と励ましを頂いたり、自分に「60点主義」と言い聞かせながら「宿題」に取り組んでいきました。季節もまた一つ過ぎていきました。

健康なときに、あたり前にできていたことが、できなくなったという事実は、私には許せないことでした。しかし、どんなに否定しようとしても、事実は事実として、厳然と目の前にある。私が一歩前進したなと感じられたのは「こんな自分」を「やれやれ、しょうがないなあ」ぐらいに受け入れられたときだと思います。同時に、自分自身に対する「目の高さ」が変わりました。「あれができない、これもできない」と、マイナス面からばかり自分を見ていた頃は、少々のことができるようになったからと言っても、素直に評価などできませんでした。しかし、視点が変わったとき、「よしよし、できるじゃないか」と「今の自分」を褒められる(これは他人を褒めるよりずっと難しいですね)ようになっていたのです。こうしてイライラも焦りも格段に減った一方、自分の新たな成長を、たとえほんの少しではあっても、認めて喜ぶことができるようになりました。集団療法の中で、繰り返し繰り返し他の患者さんの発表を聞き、それに対する先生のコメントを伺い、自分の発表を認めて頂けるうちに、得たものはたくさんあったのだと、確信できるのです。

秋も深まった頃、今後の短期(1ヵ月)、長期(3ヶ月)、それぞれの目標を立てるようにとの指示がありました。私はちょうど自身の課題を「コンディションの悪いとき、できることをひとつでも多くしていくこと」(私にとっての恐怖突入です)として、冷や汗をかきながら取り組んでいたので、これを積み上げることで長期的には職場復帰を目指そうと決めました。先生も支持して下さいました。とは言え、果たしてそこまでたどり着けるかどうか自信は全くなく、本当のところ不安でパンクしそうな気分だったのですが・・・。

「凄く悪い」と感じている自分と、講義で再三教えられた「もう一人の(森田的)自分」との陣取り合戦が大きなうねりのように繰り返され、苦しみながらも少し、また少しと「もう一人の自分」が力をつけて、取れる陣地が増えていきました。「最悪」のときできたことは財産となって、次に似たような場面に遭遇しても以前より少し楽にやり過ごせるようになり、それが自信となって勇気を生み、また財産をふやす。ちょうど「とらわれ」の過程を逆行するような形だと思いませんか。私はそう感じていました。

短期目標の課題をひとつずつこなし、毎週の集団療法でそれを確認していくうちに、行動範囲は飛躍的に拡大していきました。先生からも具体的に「職場の前まで行ってみよう。」と課題が出されました。それこそ嫌々でかけた初日「60点でいい。つまり行けるところまででいい。」と言い聞かせ、何度も自分を励ましながら、気が付くと「着いてしまった」というくらいで、やっとの思いでたどり着いたのです。でも、立派な「合格」でした。半年あまり前の自分にはとても考えられないできごとでしたから。

あまり器用でない私は徹頭徹尾「外相を整える」一本槍でしたが、1ヵ月ほど後には少々コンディションが悪くても、この課題がクリアできるようになっていました。激動のこの年も、もう残り少なくなっていました。

いよいよ最終目標に取りかかることになりました。職場復帰に向けて、具体的な準備を始めるのです。機は熟していたのでしょうか、また、正月にできた2度の大きな「恐怖突入」がそれを後押ししてくれたのでしょうか、年明け早々ほとんど抵抗もなく、およそ1年半ぶりに職場に顔を出し、迷惑をかけてしまったことを含めて、職場の皆さんに挨拶することができました。

我ながら「劇的」でした。以来、毎日少しずつ(嫌々)慣らし出勤を続けています。このまま3月には正式に復職することになりそうです。森田療法との出会いからちょうど1年が経過しようとしています。

ここまで来て振り返ってみると、ステップアップはいつも「恐怖突入」に成功した後に一段一段現れたように思います。私の場合は不器用なので、効率はよくなかったかもしれませんが、結局は頑張った分すべて、次への力に変わりました。ふと、ロケット打ち上げに似ていると思いました。症状を地球としましょう。ロケットは打ち上げ用の1段目が一番大きく、2段目、3段目と切り離していくに従い小さくても良くなります。これは地球に近いほどその引力が大きく、離れるほどその力は小さくなって、エネルギーを必要としなくなるからです。症状から離れる過程もこれとそっくりで、一旦、大きな力を振り絞って距離が取れるようになると、進路に気をつけてさえいけば、あとは距離に比例して楽になっていったと思えるのです。そうは言っても、打ち上げ直後、症状に近い頃は、本当に辛く、苦しかった。他に言葉がみつからないくらい。

私の森田療法も、出会いから1年近くになり「古い人」と呼ばれるようになってしまいました。頭でわかっていても、身体がついてこないこともしばしばですし、まだまだ治癒にはとどきません。こんな私がおこがましいのですが、でもそれは、かつてのような「どん底」ではなく、快方に向かう上り階段の途中だと感じられるようになっています。集団療法は一方でプレッシャー、他方で辛いときの励みとなってくれました。今でも、自分より後から参加された方々の素晴らしい発表に焦り、時々弱気の虫が顔をのぞかせそうにもなりますが、「比較は禁物」。自分のペースの中で、良いところは大いに利用させてもらおうと思っています。最後は「自分自身でしか治せない病気」だとしても、そこに至るまでの道は、「みんなで歩けば怖くない!」と思いながら、まだまだがんばるつもりです。先生、クリニックのスタッフの皆様、あらためてよろしくお願いいたします。

この文章を書かせていただいた年の3月に、予定通り正式に職場復帰しました。ただ、その後どうなったのか、をお伝えしておいたほうが、より皆さんのお役にたてそうな気がして、ここで少々追記させていただきたいと思います。

職場に復帰するということは、私にとって毎日が恐怖突入の連続のようなものでした。
まず朝、起床するとすぐに「予期不安」が重くのしかかってきます。
自分の気分にとらわれると、そこで行動が停止してしまいますから、とにかく動き始めてしまいます。遅刻しないように職場に着くためには、と逆算して家を出る時間を決め、出かける支度をどんどん進めていきます。
そして本当に「嫌々」ながらも玄関を出てしまう。
職場に着いて仕事が始まってしまえば、その仕事に集中していればいい。なんとかなる。と、いつも自分に言い聞かせていました。
当時はただただ必死に働いていただけでしたが、今思えば、この一連の動きは見事に「森田療法の三つのことわざ」が包含されていると思います。いかがでしょうか。

こんな「一日」をいくつも積み重ねて、気がつけばもう10年以上になっています。森田療法を始めた頃には、とてもここまで続くとは思えませんでした。
正直、自分でも驚きです。
私には今でも「症状」がちゃんとあります。でも、かつてのようにそのことで全てが停止してしまうようなことは、もはやありません。この先「治った」といえるところまでいけたら幸せですが、不器用な私なので、慌てないようにしたいと思います。「できる時、できる事を、できるだけ(たくさんやる!)」を心がけながら。
院長より:「この体験記は集団療法を行っていた時期のものですが、治癒の過程がよく表現されていて治療上非常に参考になりますので掲載させて頂きました。10年後の後日談も収録してあります。集団療法といっても核心部分は個人療法で行う対応と変わりがありませんので十分参考になると考えています。」

森田療法との出会いから

横浜市在住 30代 男性
今だからこう言っちゃうけど、あなたがしているのは子供のケンカに軍隊一個師団を派遣しているような勿体ない、無駄なことです。その余力を外に回したら、もっと楽しい人生になるかもしれませんよ。偉そうに言っているが、今はそういった心境だ。もっとも私自身いまだに子供のケンカに戦車一台位出してはいる。しかしいちいち軍隊一個師団派遣してたら国庫は尽きるかもしれないが、戦車一台ならどうってことないでしょうが!

私の症状というのは赤面恐怖というやつだ。初めての症状が現れたのが12歳位の時だから、もう四半世紀近い付き合いになるわけだ。こうなると本人もそう簡単には治ると思っていない。だから10年近く通っていた某クリニックに見切りを付けて、イエローページで見かけた川又メンタルクリニックを訪れた時、「外来森田療法があなたに合っている」と院長に言われてもあまり期待はしなかった。しかし、10年近くを薬物療法で過ごしてきてダメだったのだから、ここらで新しいことでもといったような軽い気持ちで受診してみた。

薬物療法を受けていた頃は(本人の言葉:赤色)「先生、先日出していただいた薬あまり効かないみたいなんですが」「じゃあ今度はこれを試して下さい」の繰り返しだった。たまにこれは効く!というのがあっても、副作用で仕事中に立ったまま睡魔に襲われ、人間関係が悪くなることもあった。世界に製薬会社多しといえども赤面恐怖くらい治す薬もないとは大いに驚かされたものだ。

そして川又メンタルクリニックで院長が著された森田療法のテキストを開いてみた。「ふーん、ピポコンドリー性基調ね。オレまさにその性格」、「治る考え方、治らない考え方? ○×つけちゃおうかな」ざっとテキストに目を通してみて私が森田療法に共感できた項目はせいぜい7割程度だった。

実際に療法を受けて、1〜3回「どうやらこれは治療より患者がどうすれば人生を謳歌できるかを考えたものみたいだな」、4〜5回「うーん、これは治癒の意味が違うみたいだぞ」、「以前は症状が出ていたシチュエーションでも症状が出ないようになりました」、「おもてに現れる症状のことはどうでもいいんです」、「???」、6〜8回「症状が現れても目前の仕事を投げ出す事はなかったゾ。仕事が大好きで、外相だけはとりあえずなんとかしてきたつもりなんですけど」そこで私は院長の言葉を適当に付け加えさせていただいた。目的はとりあえずこなしてるんだから、症状が現れても頭の中マッシロになっている自分を嫌いにならなかったら合格としよう。症状の事で他人になにか言われた時、ちゃんとギャグを返せたら三重マル! なかなかそこまでは行きません。症状に関して苦痛を覚える事のなくなった現在ですが、返してみてもせいぜい取れるのは微笑みくらい。笑いはなかなか取れません。

振り返ればウソみたいな6ヶ月であった。受診前はオレは安定剤を一生のまなきゃなんないんだなと10年近く付き合ってきたのである。それを物の見方を変えるだけで不要にしてしまった。それが驚くほど滑らかに進んでいった。薬を止めてホントによかった! 勿論、一足飛びに私が断薬出来た訳ではない。初診時は1日6錠服用していたのだ。それが森田療法を受け、実践しているうちに5錠、4錠と減っていき、「これなら止めても変わりないかも!」と移行していったのだ。

森田療法に人生を捧げていらっしゃる?院長には申し訳ないのだが、私には森田は便利な道具の一つくらいの認識しかない。道具の中で私に一番役に立ったのは「事実唯真」である。うお〜赤面しちまった〜こいつオレのことヘンなヤツだと思ってんだろうな〜もうダメだ。なれるもんなら石になりたい! しかしそこで「事実唯真」を持ち出す。確かにヘンなのかもしれない。でもこの人、それでオレの事「アブナイからもう近寄らないでおきましょう」なんて言ったか? アブナイやつに酔っぱらって腕組んでそこいらじゅう引きずり回すような事するか? アブナイやつに大切な仕事を命じるか? アブナイやつに20〜30年も友人が付き合うか? ましてやアブナイやつに当人の意志を無視して話をまとめデートコースまで決めて、私を苦しませたりするか? 他人がホクロだと思ってんのに本人がメラノーマだと騒いでもしょうがないでしょう? 院長がおっしゃった「事実唯真」とは少し違うかもしれないが、私はこう解釈し、自分に言い聞かせている。

症状の認識を別の方向から実感をもって眺め「どうやらこれがベストだな」と納得する。いわんや症状が消えない事も普通なのだから。私自身も相変わらず日々赤面して過ごしている。緊張する場面だけではなく、屈んで物を引っ張り出す時にも。私の症状とはそういうものだ。しかし以前派遣していた軍隊一個師団は現在、我が人生の未征服地域を精力的に踏破中であります!
院長より:「この体験記はもう少し長いのですがプライバシーにかかわるためかなり割愛させて頂きました。どうかご了承下さい。ご投稿に感謝します。」

診療科目

心療内科 精神科

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